岐阜県 可児市 (ぎふけん   かにし)

吹きガラス の 鏡餅(オパール・半透明)

吹きガラスでひとつひとつ作ったオリジナルの鏡餅です。 2種類(白(不透明)、オパール(半透明))から1つお選びください。 サイズ:高さ約10cm、口径約8cm 可児市のわくわく体験館において、ガラス工芸の専門的技術を持つ講師を派遣しており、多くの制作・設置の実績を持つ可児ガラス工房がお贈りします。 手作りのため、形、サイズ、色等に個体差があります。 提供:有限会社 可児ガラス工房

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容量
1個

私たちはガラスが好きであるということ。
真面目にひとつの事に取り組み、納得のゆくまで考えること。
目先にとらわれないものづくりを通して、ガラスのほんとうの良さを伝えたい。
そして、使う人が、見る人が、そこに居て心地よいひと時を過ごせること。
それが私たちの工房のあり方です。

                        可児ガラス工房

写真
可児市とガラス製造の関わりについてご紹介

<可児のびいどろ ー 江戸時代に、可児市で始まった吹きガラス製造 ー>

江戸時代(1819年)、美濃国可児郡土田村(現在の岐阜県可児市土田)で、吹きガラス製造がはじまりました。
日本における吹きガラスの歴史上、1819年製造開始はかなり早い時期であり、また、この技術がその後約200年間引き継がれているという史実は他に例がなく、大変貴重であるということが言えます。


<可児の土田村で吹きガラス製造を始めた 石塚岩三郎>

 美濃国可児郡土田村で吹きガラス製造を始めたのは、石塚岩三郎(生年不詳、1867年逝去)という人物です。
 下総の国(現在の千葉県)で武士の次男として生まれた岩三郎は、冒険心にあふれた青年でした。広い世界を見てみたいとの思いから旅に出て、遠く長崎でびいどろに出合いました。初めて見るその美しさに強烈に引き込まれた岩三郎は、ガラスづくりを生涯の仕事にしようと、苦労の末、秘伝といわれたびいどろ製法を習得しました。
 中山道を通って故郷へ帰る途中、土田村で偶然にもびいどろの材料の硅石を発見し、故郷に帰ることなく生涯、土田村でびいどろをつくることになりました。
 慶応3年(1867)に逝去した岩三郎のびいどろづくりは、子の文左衛門や弟子たちに引き継がれていきました。土田村で70年続いたびいどろづくりは、明治21年(1888)、交通の便などから名古屋に進出し、現在は愛知県岩倉市に本社を置く「石塚硝子株式会社」として、国内でも屈指のガラス製造会社となっています。

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